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■中央ヨーロッパ









9月、2月のフランス以来、ヨーロッパが気に入った家内の企画で、中央ヨーロッパ四ヵ国(オーストリア、チェコ、スロバキア、ハンガリー)に、今年2度目(家内は、4月にも友人とドイツに行っているので、3回目)の旅に出ました。。

1日目

都市(場所)時刻交通機関スケジュール
成田国際空港11:15発Austrian Airlines≪空路、ウィーンへ≫
(所要時間:11時間45分
ウィーン16:00着バス≪ボーゼンドルフ≫へ(約12km)
ボーゼンドルフ18:00着  ホテル到着


2日目

都市(場所)時刻交通機関スケジュール
ボーゼンドルフ08:30発バス≪ウィーン≫へ(約22km)
ウィーン09:00着  【世界遺産】シェーンブルン宮殿
国立オペラ座
王宮
シュテファン寺院
ケルントナー通り
 12:30  昼食 珍しい「シュトゥルム」と一緒に、シュニツェルを楽しみました。
 13:30  ウィーン 自由散策
 18:30  夕食 チキン料理
 19:30発  ≪ボーゼンドルフ≫へ(約22km)
ボーゼンドルフ20:15着  ホテル到着


シュトゥルムとは、葡萄の搾り汁を発酵させている段階のアルコール飲料で、アルコール約1%〜11%のものが毎年秋に流通します。
(アルコール4%〜が飲み頃)白葡萄の使用が一般的ですが、赤葡萄が使われることも。
ワインとは違い、酵母等の含まれた濁った液体であることから、オーストリアでSturm(シュトゥルム/嵐)と呼ばれるようになりました。

2回飲んだのですが、1回目のお店が熟成が進む若いワインで、酸っぱく、熟成が進む段階の炭酸の含んだ感じが、パンチがあって美味しかったです。

シェーンブルン宮殿 シェーンブルン宮殿

『皇帝家の夏の離宮だったシェーンブルン宮殿は、ヨーロッパで最も美しいバロック宮殿および庭園に数えられます。1569年にハプスブルク皇帝家の所有となり、皇帝フェルディナントII世の皇妃が1642年、ここにプライベートな小宮殿を建設しました。オスマントルコ軍のウィーン攻囲の後、1696年に新たな宮殿と庭園施設が建設され、マリア・テレジア女帝の時代、1743年以降、抜本的に改築されました。宮殿内には公的な目的の広間のほかに多くの私室があり、ハプスブルク家の人々は年間の大半を、これらの部屋で過ごしました。この宮殿で生まれたフランツ=ヨーゼフ皇帝(1854年生。在位1848?1916)はエリーザベートと結婚。皇后(愛称シシィ)は絶世の美人として知られました。晩年の数年を皇帝はここで過ごし、死去2年後の1918年、宮殿は新生のオーストリア共和国の所有するところとなりました。その歴史的重要さ、美しい環境、豪華な建築様式、庭園の素晴らしい配置で、シェーンブルン宮殿はウィーンで最も人気の高い名所となっています。ユネスコ世界遺産登録。』だそうです

生憎の雨でした。我々が到着する1週間前は、30度近くあったそうですが、10数度違いと一転冬のような寒さに、ブルッブルッ。Netで事前に調べ、熱いものとたかをくくって、薄着の用意をしたのですが、通常の天候に合わせれば良かったのです。天候を読み間違えました。


オペラ座

『1869年に完成したオペラ座では同年の5月にモーツアルトの『ドン・ジョヴァンニ』が柿落としに上演され、以後オペラ座はウィーン上流社会のシンボルともなっていく。しかし第二次世界大戦においてオペラ座は正面部分と中の吹きぬけを残して大きく破壊されてしまい、1955年にようやく修復工事が終了する。その際オペラ座の外側はそのまま、内部は若干の変更を加えて修復された。修復工事の後、オペラ座は1955年の11月にベートーベンによる唯一のオペラ『フィデリオ』上演を機に再び幕を上げる。その後のオペラ座は再び以前の勢いを取り戻し、マーラーや小沢征爾など世界に冠たる指揮者のもと今日まで美しい音楽を紡ぎ続けてきている。』そうです
オペラ座


美術史博物館 美術史博物館

ウィーンを代表する美術館で、そのコレクションの質はヨーロッパでも五指に入る。なかでも必見なのは『バベルの塔』や『雪中の狩人』に代表されるブリューゲルのコレクション。ラファエロの『草原の聖母』やベラスケスの『青いドレスのマルガリータ王女』も見逃せない名画。エジプトやローマ、ギリシャなどの古代美術のコレクションも充実している』そうです。
実は、左側の写真、美術史博物館ではなく、向かいにある自然歴史博物館の写真で、両方とも概観は全く同じ建物で、向かい合わせに建ててあるそうです。


モーツァルト像

云わずとも知れた、モーツァルト像。ウィーンの中心ともいえる王宮庭園内にある。オーストリアを代表する音楽家・モーツァルトの像とその前にあるト音記号の花壇は、観光客にも人気が高い。
モーツァルト像


シュテファン寺院
シュテファン寺院
シュテファン寺院

『オーストリアの首都ウィーンにあるゴシック様式の大聖堂(ウィーン大司教区の司教座聖堂)。ウィーンのシンボル的存在で、最も著名な観光スポットの一つである。オーストリア公ルドルフ4世の命により、12〜13世紀にかけて建築された建造物で、異教の塔と呼ばれる正面左右の塔(南塔、北塔)を持つ、同国最大のゴシック建築物である。聖堂は第二次世界大戦末期、爆撃による延焼で全壊したが、再建され、元の姿を取り戻した。モーツァルトと妻ウェーバー・コンスタンツェの結婚式と葬儀が行われた教会でもある。内部には、赤大理石の「神聖ローマ皇帝フリードリヒ3世の墓」(1467〜1513年)、アントン・ピルグラム作の「説教壇」(1514〜1515年)、「ウィーナー・ノイシュタットの祭壇」(1447年)、「召使い女のマドンナ像」(1320年頃)などがある。北塔(137m)には、同国最大の「プンメリン」という鐘があり、展望台にエレベーターが通じている。この鐘は、1683年のオスマントルコ軍のウィーン包囲の際、残していった大砲などの武器を溶かして鋳造(ちゅうぞう)された。南塔(72m)はかつての火の見櫓で、343段の螺旋(らせん)階段を使って登ることができる。この聖堂を含む歴史地区は、世界遺産に登録されている。』そうです。


3日目

都市(場所)時刻交通機関スケジュール
ボーゼンドルフ08:00発バス≪チェスキー・クロムノフ≫へ(約290km)
チェスキー・クロムノフ
【チェコ】
12:30着 昼食 グヤーシュを楽しむ
チェコ・ビールをお供に
 13:30  【世界遺産】≪チェスキー・クロムノフ≫観光
 15:00発 ≪プラハ≫へ(約180km)
プラハ18:30着  夕食 魚料理を楽しむ
その後、プラハ城を望む夜景鑑賞
 20:00着  ホテル到着


チェスキー・クロムノフ
チェスキー・クロムノフ
チェスキー・クロムノフ

ブルタバ川沿岸にたたずむ古都チェスキー・クルムロフは、13世紀に築かれた城を中心とした町です。14世紀から盛んになった手工業と商業とともに500年にわたって穏やかに発展したために、中世の美しい街並みがそのまま残されました。「シリーズ世界遺産100」では、街の中心にあるチェスキー・クルムロフ城にスポットを当て、その歴史と、再建された城の姿を紹介します。13世紀に建てられた城は、さまざまな時代の様式に合わせて改築され、華麗に飾られてきました。しかし、ナチス・ドイツによる街の占領と、その後の共産党の独裁体制下で伝統文化が否定されたことから、城は荒れ果て、廃墟同然となってしまいました。チェコが民主化された後、城の責任者になったスラフコさんが指揮をとり、職人達たちが城の修復に取り組みました。特に貴重な文化施設といえるのが、城内にあるオペラ劇場です。17世紀の優美なバロック劇場はスラフコさん達の手によって、建物だけでなく、舞台裏の装置や数々の仕掛けに至るまで当時のままに復元されたものです。

TVの「ヨーロッパ水風景」に出て来た夢のようなところに来られるなんて、旅は行かなきゃ。


4日目

都市(場所)時刻交通機関スケジュール
プラハ09:00発バス【世界遺産】≪プラハ歴史地区≫観光
(プラハ城
カレル橋
旧市街
 12:00 昼食 ソーセージ料理を楽しむ
13:00 プラハを自由散策
 19:30発 ホテルへ
1日の走行距離:約27km


プラハ城

プラハ城

プラハ旧市街

プラハ旧市街
プラハ

プラハ (Praha) はチェコの首都。プラハの歴史地区はユネスコの世界遺産の指定を受けている。プラハ城や旧市街などが含まれ、まさに街そのものが世界遺産と言う希有な観光都市である。東西冷戦時には社会主義圏で閉ざされていたが、近年では世界中から観光客が集まっており、とにかく観光客の多さに驚く。百塔の街と謳われるほど、数多くの中世建築の宝庫でもある。


5日目

都市(場所)時刻交通機関スケジュール
プラハ08:30発バス≪ブラチスラバ≫へ約332km
 13:00 昼食 グヤーシュを楽しむ
14:00 ≪ブラチスラバ≫を散策
 15:00発≪ブダペスト≫へ約194km
ブダペスト18:00 夕食 ハンガリー音楽を聞きながら
トカイ・ワインを片手にロール・キャベツを楽しむ
19:15 ゲレルの丘から、ブダペストの夜景を楽しむ
20:00着 ホテル到着(インターコンチネンタル・ブダペスト)


ブラチスラバ ブラチスラバ

ブラチスラバ市内を散策していると、ユニークな像にお目にかかる。公共の場に置かれているわけだが、スロバキア人は心にゆとりがあるなあと感心する。マンホールの上(横かな)にある像などは、通行人がつまずいて転びそうであるが、その付近には「注意!」を促す標識が掲げられている。ここでは、記念写真を撮る人の姿も見られる。

テレビでも紹介された「パパラッチ」の像は、所有するお店が閉店したため、我々が行った4ヶ月前の5月撤去されてしまったそうです。惜しい。




ドナウ川沿いの小高い丘・ゲレルの丘はドナウ川を中心に市街が一望できる絶好のビューポイントです。写真の左手が王宮の丘などのあるブダ地区、川を挟んで対岸の右側がペスト地区で川に臨んで国会議事堂などがあります。

この日は、風が強く寒かったのですが、とても、素敵でした。ちょっと写真ピンボケ?
ブダペストの夜景

ブダペストの夜景

ブダペスト

ブダペストの風景



6日目

都市(場所)時刻交通機関スケジュール
ブダペスト08:30発バス【世界遺産】≪ブダペスト≫市内観光
漁夫の砦
ゲレルの丘
くさり橋
マーチャーシュ教会
 12:00 昼食 ハラースレーを楽しむ
 13:00 ≪ブダペスト≫自由散策
 18:00 夕食 トカイ・ワインを片手に肉料理を楽しむ
 19:30 ≪ドナウ川イルミネーション・クルーズを楽しむ≫
 21:00着 ホテル着


漁夫の砦

漁夫の砦

漁夫の砦の眺め

漁夫の砦の眺め

漁夫の砦

漁夫の砦はハンガリーの首都ブダペストのブダ地区・王宮の丘の一角にあります。ドナウ河の漁師がこのあたりを守っていたこと、このあたりに魚市場があったから名付けられたとのことです。1896年、建国1000年を記念して建造された回廊展望台で、中世の城壁の上に建造されています。砦として使われたことはなく、内部にはレストラン、ワインセラー、バーなどがあります。白い石造りのネオ・ロマネスク式の建物で、三角のとんがり屋根をもつ丸塔が7つあります。ハンガリーを建国したマジャール人の7部族を表わしているとのことです


マーチャーシュ教会

聖母マリアから名付けられたブダの教会は、マーチャーシュ教会として知られている。最初に建てられたのは13世紀である。15世紀にマーチャーシュ王が塔を増築している。ここは、中世においては様々な政治的な式典の舞台となってきた。しかし、ブダがトルコ軍に占領された時代には、この教会はイスラム教のモスクに改築されている。その当時の影響が柱などの文様に見ることができる。幾何学的な文様がそれである。
その後、キリスト教連合軍がブダを奪還し、この教会は再び聖マリア教会となった。その際に、ゴシック様式の建物は、バロック様式の内装となった。19世紀、ハプスブルグ帝国・フランツ・ヨーゼフ皇帝とエルジェーベトは、この教会でハンガリー王、王妃となるための戴冠式を行っている。
歴史の経過とともに損傷もひどくなり、また、火災や落雷などもあって、修復が行われてきた。20世紀初頭になって、今日の外観(ネオ・ゴシック様式)を見るに至った。 聖三位一体広場は、広場の中心にある聖三位一体像から名付けられた。三位一体像はペストが終息した年に作られている。なお、マーチャーシュ教会は、ブダペスト屈指のコンサートホールでもある。クラッシク音楽のコンサートが年間を通して開催されている。
マーチャーシュ教会


ケーブルカー 王宮の丘のケーブルカー

ハンガリーの首都ブダペストは、ドナウの真珠と呼ばれる美しい街です。都心を北から南へ流れるドナウ川で、西岸のブダと東岸のペストに分かれます。ブダには王宮の丘があり、街の中心にかかる鎖橋のたもとからケーブルカーで登ることができます。
このケーブルカー、開通してからもう100年にもなるそうです。傾斜がとても急で、ちょっとオーバーな表現をすればエレベーターに乗っているような感じ。登るにつれて、ドナウ川と対岸のペストの街並みが開けてきます。
車体も、屋根が傾斜にあわせて3つに分かれ、他では見られない変わった構造です。距離が短いからでしょうが、線路が全線にわたって複線なのも珍しい


ドナウ川クルーズ

ブダペストの夜景は、ニューヨーク、香港のような煌びやかさとは違い幻想の中の宝石箱のような美しさを醸しだしています。”ドナウの真珠”と称される幻想的なドナウ川の夜景をクルーズにて楽しんだのは、夢のようでした。
ドナウ川クルーズ ドナウ川クルーズ


7日目

都市(場所)時刻交通機関スケジュール
ブダペスト07:30発バス≪ウィーン空港≫へ(約270km)
ウィーン13:30Austrian Airlines≪空路、帰国の途へ≫へ
(所要時間:約11時間10分)
但し、2時間遅れて出発




8日目

都市(場所)時刻交通機関スケジュール
成田国際空港07:40着マイカー2時間遅れて到着、お疲れさまでした。
さ、頑張って家に帰えろ、モカちゃん(M.ダックス)とココちゃん(チワワ)が待っている